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2010年04月29日

お邪魔しま〜す。

 ピンポ〜ン。チャイムが鳴った。

 「あっ! 来はった。」

タエは自分で作った着せ替えの人形や服をを放り出しして、バタバタと階段を
駆け下りた。
 
 「早く、入って! 入って! 2階やで。」
 「お邪魔しま〜す。」
 「お邪魔しま〜す。」

 玄関で元気な楽しそうな声がして、3人は2階へ上がってきた。私が隣の
部屋で仕事をしているのを見つけ、エリちゃんは大きな目を見開いてペコリと
お辞儀した。マキちゃんも覗き込んできた。

 「いらっしゃい。おばちゃん、お仕事しているけど、気にせんでいいよ。
  そこの部屋で遊んでね。」
 「こんにちは。おばちゃん、絵、描いてはんの? きれいやなあ。
  見ても良い?」
 「いいわよ、着物に絵を描いてるのよ。お絵描きみたいなものね。」
 「着物って、とっても長いんねんなあ?」

 2人共、はじめて見る枠場に張った反物に、興味津々だった。
 
posted by たかママ at 21:28 | Comment(0) | 日記
2010年04月28日

着せ替え

 低学年の時は男の子とばかり遊んでいたタエだが、3年生になった頃から
女の子の友達が遊びに来てくれるようになった。
 友達が遊びに来る日のタエは、とても嬉しそうだ。学校から帰って来るや
いなや、タエは息を切らしながら、2階へ駆け上がって、仕事している私に
叫ぶように声を掛ける。

 「お母さん!お母さん! 今日、エリちゃんとマキちゃんが遊びに来はるって!」 
 「そう、良かったね。」
 「お母さんのお仕事の邪魔しいひんし。お兄ちゃんの部屋で遊ぶし、
  ええやろ?」
 「いいけど、何して遊ぶの?」
 「着せ替え。」
 「着せ替えって、人形、持って来るの?」
 「うん、でも、紙で出来ているものやで。」
 「タエ、持ってないでしょう? どうするの? これから買いに行こうか?」
 「ううん、いらない。自分で作るから、大丈夫。」

 そう言うと、タエは机にクレパスと画用紙を広げ、せっせと絵を描き始めた。
着せ替えの人形の絵は女の子が定番だと思っていたが、タエの絵は男の子の
絵だった。帽子、Tシャツにズボン。靴までも描いて、絵には四つのツメの
ようなものまで書いてあった。その絵を、タエは器用に鋏で切り取って、
着せ替え遊びの準備をしながら、友達の来るのを待っていた。

posted by たかママ at 22:05 | Comment(0) | 日記
2010年04月27日

関西弁

 友人のTさんと深く付き合わない方が良いという忠告はあったものの、日々の
忙しさに紛れ、すっかり忘れてしまっていた。その事を思い出したのは、大分
後になってからであった。
 
 新しい町内に引っ越してきて、町内の人とも顔なじみになり、生活のサイクルも
落ち着いてきた。ようやく京都の地に腰を下ろす覚悟が出来てきたのも、この頃
だったのかもしれない。
 子供達はすっかり関西弁になり、何の違和感もなく友達と会話するように
なった。私達も、普段、何気ない会話が関西弁が混じってくるようになって
いた。特に、タエは京都へ来て言語を覚えたためか、家族の中で関西弁を一番
上手に話した。時には、私やKのおかしな関西弁にチェックが入ったりする。

 「お母さん、それはちゃうで。おかしいわ。これは、こう言うんやで。」

と言った具合に、イントネーションまで注意される始末だ。

 構えて、なかなか周りと打ち解けられない大人と違い、子供は学や遊びの中で
柔軟に、地域の生活に直ぐに慣れる事に、感心するばかりである。

posted by たかママ at 21:50 | Comment(0) | 日記
2010年04月25日

忠告

 Tさんの夫は、妻が自分に何の連絡もなしに実家に帰ってしまったことで、
ようやく彼女が追い詰められていることに気が付いた。追いかけるように、
長野へ妻と娘を迎えに行った。そして、京都へ戻り次第、早急に別居する
ことを約束して、妻子を連れて帰った。夫の実家では、嫁の勝手な行動に
怒ったが、息子の固い気持ちに別居を認めることにしたそうだ。タイミングよく、
知人の紹介で、海外勤務で留守になった家を借りることになった。
 その2年後に私達が同じ町内に引っ越してきて、隣近所の付き合いが
始まったのである。同じ関東弁を喋るということで親しくなったが、お互いに
故郷が遠いという共通点もあった。彼女は、年下の私に口癖のように言った。
  
 「私達、故郷も遠いし、近くに親戚もいないでしょう? 
  お互いに支え合って、姉妹のように付き合わない?」

 彼女の言うとおり、孤立無援の状況で暮らしてきた私は、そんな優しい言葉に
単純に感激し喜んだものだった。
 しかし、程なくして彼女を通じて知り合ったの友人の一人は、あまり深く
付き合わないように忠告してきた。
 
posted by たかママ at 21:14 | Comment(0) | 日記
2010年04月22日

辛抱

 三人の子供が居るので、簡単に別れられるとは思ってなかったが、ついに、
辛抱の糸が切れたのであった。
 もう、戻らないかも知れないと思いつつ、末の娘を連れて、電車に乗った。
もし、本当に別れるようになったら、二人の男の子は後で迎えに来る積もり
だった。迎えてくれた両親は、婿の心無い仕打ちに怒った。もう、帰ることは
ない、残してきた息子二人を早く引き取って、別れさせると普段穏やかな
父親は怒りを爆発させた。

 Tさんの父親は実の父親の弟である。実父は太平洋戦争で戦死した。
戦後、乳飲み子を抱えたTさんの母親は戦死した夫の弟と結婚しのであった。
Tさんは実子同然に育てれたのであった。その後、母親は男の子を産んだ。
Tさんの異父弟である。当時は、このような例はあちこちで聞かれた。
 Tさんは結婚するまで、その事実を知らなかった。結婚が決まった時に
父親から初めて知らされたのある。突然の事で、かなり驚いたが、気持ちに
揺れは無かったという。実父の顔を知らないし、実に娘として育ったのである。

 “私のお父さんは、今のお父さん一人だけよ。”と言ったそうだ。
その言葉に、父親は涙を流して喜んだという。

posted by たかママ at 17:22 | Comment(0) | 日記
2010年04月21日

実家

 実家へ帰る日の朝、学校へ出掛ける二人の男の子に言った。

 「お母さん、2、3日、上田のおばあちゃんの所へ行って来るから、おばあ
  ちゃんの言う事良く聞いて、お留守番していてね。」
 「ええっ? お母さんどうして上田に行くの?お祖母ちゃん病気なの?」
 「ううん、病気じゃないわ、元気よ。お母さんがちょっとおばあちゃんの
  顔を見たくなったの。直ぐに、帰ってくるから・・・。」
 「お父さん、今日、出張から帰って来はるんやろ? お母さんが上田に行く
  のを知ってはるの?」
 「ううん。でも、電話して知らせるから大丈夫よ。」

 子供達にはそう言ったものの、夫には知らせる積りは無かった。別居を
条件に結婚して、すでに6年が過ぎていた。その間、数えきれないくらい
話し合ったり、懇願したりした。喧嘩も、どのくらいしたか、思い出すのも
嫌になるほどだった。
 挙句の果てに、浮気である。浮気を責めるTさんに、夫は開き直った。

 「家に帰って来ても、毎度々、別居だ何だ、お姑さんが、義妹さんがどうのって
  お前に責められて、うっとしいんだよ。こんな家に帰っても、ゆ〜っくり
  落ち着けないんや。外に居る方が、よっぽど癒されるんや。」

posted by たかママ at 22:48 | Comment(0) | 日記
2010年04月20日

里帰り

 宗教活動にのめりこんで行くTさんを、夫の両親は黙って見過ごす訳は
なく、風当たりが益々強くなった。夫に訴えても取り合ってもらえず、だだ、
我慢をするように言われた。いたたまれなくなったTさんは、実家の母親に
“もう、我慢できない、別れたい。”と電話をした。
 
 「そんなに急いで結論を出さなくても良いでしょう? 子供達も居る事だし、
  とにかく、一度、帰ってらっしゃい。戻ってから、ゆっくり相談しよう。」
 「帰りたくても、お金がないの。」
 「実家に里帰りする旅費もないの? どんな生活をしているの? お金を
  振り込むから、すぐに帰って来るのよ、いいわね!」

 母親は実家に帰る旅費も無い娘を不憫に思った。一方、娘を不幸にして
いる婿や、その両親に怒りを禁じえなかった。
 お金は直ぐに振り込まれたが、長野に帰るには、3人の子供を連れて行く
訳にはいかなかった。長男と次男は小学生である。何も知らない子供たちを
親のいざこざに巻き込みたくなかった。
幸か不幸か、母親のTさんが留守になっても、おじいちゃん、おばあちゃん
が面倒を見てくれる。Tさんは末の女子だけを連れて、実家に帰る事にした。

posted by たかママ at 22:39 | Comment(0) | 日記
2010年04月18日

境地

 Tさんは夫の優柔不断さにイライラしながら、両親との同居を続けざるを
得なかった。その間、子供も二男一女を儲けた。
 Tさんには、もう一つ、夫の許せない行動があった。彼女は、夫に自分
以外の女の影を常に感じていた。夫に確かめたり、詰め寄ったりしようにも、
両親と同居しているので、二人きりに機会も少ない。おおっぴらに喧嘩も
出来なかった。夜になって自分達の部屋に戻ると、その事で、夫に詰め寄った。
険悪で耐えられなかった状況でも、三人の子供が居る。結局、一人で辛抱
するしかないと諦める日々が、長く続いた。夫の浮気癖は一度や二度では
なかった。
 そんな時、彼女は親身になって心配してくれる友人が出来た。元々、彼女は
実家に居た時から、ある宗教団体に所属していた。しかし、両親の熱心さに
比べ、Tさん本人は、その活動にあまり乗り気ではなかった。だが、京都へ
来てからの厳しい結婚生活が、彼女をその信仰に向かわせる事になったので
ある。地元の組織に所属して活動する事で、日々、悩みを忘れる努力をした
そうだ。
 
 後になって、諦めの境地で私に漏らしたことがあった。
 「誰にでも優しいので、身の上相談に乗っているうちに、直ぐ情にほだされて
  しまうみたい。これは、もう病気としか言いようがないのよね。いちいち、
  頭に来て怒るのも、もう疲れてしまったわ。」 

posted by たかママ at 23:09 | Comment(0) | 日記
2010年04月15日

優柔不断

 Tさんは夫が出張から帰って来るたびに、早く家を探して欲しいと、夫に
懇願した。夫は、探す暇がないのを口実に、彼女の希望を真剣に取り合わ
なかった。
 「同居して、何も不自由な事はないやろう? 家賃もいらんし、家事も
  おかんや妹が手伝ってくれるし、楽やんか。」
 「楽な訳ないわよ! いちいちやる事なすこと批判されるし、あなたが
  居ない間、どんなに大変で辛いかか知らないから、そんなこと言えるん
  だわ!」
 「じゃあ、何か? 嫁いびりでもされていると言うのか? 優しいおかん
  やから、そんな筈はにやろ? 何か言われても、自分の事を思って言って
  くれてはるんやと思うて、ちょっと我慢出来ひんか?」
 「我慢? 知り合いも居ない、貴方の給料もお姑さんに握られていて、
  私の自由にならない。頼りになる貴方は、出張がち。何処まで、我慢
  したらいいのよ! 第一、結婚する時に両親とは別居するって、約束
  したのを忘れてないわよね。」
 「忘れてないよ。今、忙しくて探しに行く暇がないから、そのうち、一緒に
  不動産屋にでも行こうで。」

 結婚前は、優しさに惹かれたのだが、その優しさは、誰に対しても強い事が
言えない優柔不断だと、気が付いた時のは、夫の実家での新婚生活が始まって
からだった。
posted by たかママ at 22:44 | Comment(0) | 日記
2010年04月14日

現実

 Tさんのご主人は車のセールスマンで出張が多く、家を留守がちだった。
月のうち20日間は地方へ出かけ、残されたTさんは、夫の両親と小姑に気を
遣いながら、ひたすら夫の帰りを待った。
結婚前のTさんは、家事など母親の手伝いをする程度で、料理もした事が
なかったらしい。恋愛中、家庭的なことが全く出来ないので、結婚しても両親
との同居は難しい。彼女の両親も別居を条件に結婚を許したそうだ。当面、
家が見つかる間の同居と言う事で、生活は始めることになった。何も出来ない
ので、同居が心配と不安を訴える彼女に夫は言った。

 「何んも心配いらんで。ウチにはおかんも妹も女が二人もいるし、家の事は
  全部してくれはるって。そのうち、アパートでも見つけるし、それまで
  ゆっくりしてたらいいんやで。」
 「でも、あなたが留守の間、どうすればいい?」
 「二人とも優しいって、甘えていたらええんや。」

 しかし、夫の言動とは裏腹に、現実は厳しかった。料理、掃除など家事の
苦手な彼女の一挙一動に、姑や小姑のチェックが厳しく、たびたび、嫌味を
言われ、彼女を苦しめた。
“優しいなんて嘘じゃない、嫌味ばかり言って! 本当に意地悪なんだから。”
彼女は夫の居ない家で、泣きながら、必死に家事をこなした。

posted by たかママ at 23:16 | Comment(0) | 日記
2010年04月13日

楽ちん

 Tさんは長野県の出身だという。地元出身が多いこの地域で、関西圏以外
の他府県の出身者に出会うのは珍しい。初対面の挨拶の時から、お互いが
関西弁を使わないのに気が付いた。
 
 「あなた、関西の人じゃないわねえ。綺麗な東京弁ね、出身は東京?
  ご主人も東京? 関西弁じゃない人と喋るの久しぶりだわ。何だかホッと
  して楽ちんだわ。」
 「いつ、この市に来たの?」
 「年はいくつ? 私より、若いわよね。」

こちらが返事する間も無く、Tさんは次々に質問攻めにした。

 彼女は、長野に仕事で出張に来ていたご主人と出会い、結婚してこの地に
来たそうだ。一人娘の彼女の結婚を、両親は猛反対した。頼る家族や親戚も
近くに居ない京都へ娘を嫁にやるのに忍びなかった。
 新婚当初はご主人の実家に同居していたという。一人娘でお嬢さん育ちの
彼女は、封建色の強い京都の生活に馴染めなかった。それに加え、両親や
小姑との同居は朝から晩までお手伝いさん扱いで、なかなか苦労が多く大変
だったようだ。

posted by たかママ at 22:54 | Comment(0) | 日記
2010年04月11日

レクリェーション

 騒動は決まって日曜日の朝から、年中行事の様に起こっていたが、たまに
驚くほど静かな日もある。それでも、今に起こるに決まっていると、こちらも
覚悟を決めていても、何も起こらず、逆に拍子抜けしてしまうくらいだ。
それでも、全く起こらない訳では無いので油断は禁物である。結局、騒音を
回避する方法は、窓を閉めてエアコンを入れるしか無さそうだ。
  
 “ほっときなさい。”と言ってくれたTさんに、その辺はどうなのか、聞いて
みようと、夕方、子供達の遊んでいる側で話している所へ近づいた。私の顔を
見るなり、彼女の方から声を掛けてきた。

 「この間は、私の言ったとおりだったでしょう?」
 「そう。本当に翌日、何でもなかったように、ニコニコしながら親娘三人歩いて
  いたのを見てビックリしちゃった。本当に110番しなくて良かったわ。」
 「そやろう? あの親娘にとってはレクリェーションみたいなもので、どうってこと
  ないのよ。」
 「おたおたした私が馬鹿みたい。でも、何時も日曜日になると騒いでいるのに 
  不思議なくらい、何も起こらない時もあるのよ。年から年中もめる訳にも
  行かないわよね。」
 「ちゃう、ちゃう。きっと、その日はお父さんが居てはったから、静かに
  していただけよ。」

posted by たかママ at 22:41 | Comment(0) | 日記
2010年04月08日

エアコン

 翌日、Tさんの言った通り、Oさんは娘さん二人と連れ立ってニコニコ
談笑しながら歩いているのを見かけた。昨日、あれ程大騒ぎをしたのが
まるで、夢のような気がした。しかし、あの大騒ぎは現実だと、何度も思い
知らされた。

 ある時はサトが居る時に、騒ぎが勃発した。その騒ぎを耳にしたサトは
不機嫌になり、怒って私に噛み付いた。
 
 「お母さん! 喧しくないの? 早く窓を閉めて!」
 「締めたら暑いし、本当に迷惑ねぇ。」
 「いいから、早く締めて! エアコン入れたらいいやんか!」
 「まだ、エアコン入れるには早すぎるけど、仕方ないわね。」
 「だから、あいつの家の裏やし、ここに引っ越して来るのは嫌やと僕は
  言ったんや。」
 「お母さんも、Oさんのお母さんの評判は聞いていたけど、これほど親子
  喧嘩が激しいものだとは思わなかったわ。」
 「学校でも、女番長とかと、恐い女とか言われて男子にも嫌われているんや。
  皆、あいつを見かけると避けて通るんやで。」

posted by たかママ at 21:34 | Comment(0) | 日記
2010年04月07日

110番

 慌てふためいて飛び出してきた私に気が付いたTさんが、心配そうに駆け
寄ってきた。

 「どうしたの? 何かあったの? そんなに慌てて、裸足じゃないの。」
 「裏のOさんの所から、“人殺し、助けて!”って叫び声が聞こえるのよ。
  どうしよう。」
 「ああ、それで。」
 「それでって、110番に電話しなくては。本当に何かあったら、取り返し
  がつかなくなってしまうわ。」
 「ほっときなさいよ、何時ものことだから、そのうち治まるわよ。」
 「でも、朝からもめていて、一時静かになってんだけど、またぶり返して、
  ますますエスカレートしてきたわよ。」
 「初めて聞いた人はビックリするわよね。」
 「陽気が良いので、窓を開けて仕事をしていると、まともに聞こえてくる
  のよ。すざましくて、聞いてるこっちの方が可笑しくなりそうよ。締め
  切ったら暑いし、エアコンを入れるには、まだ早すぎるし、本当に困って
  しまうわ。」
 「心配しなくても大丈夫よ。明日になったら何も無かったような顔をして、
  親娘で自転車を並べて、スーパーに買い物にでも行くわよ。」

posted by たかママ at 22:34 | Comment(0) | 日記
2010年04月06日

再燃

 騒動も3時間も続くと疲れるのか、静かになった。こちらもやっと終わった
と思い、ホッと一息つく。
 “さあ、やっと静かになったので、午後から遅れを取り戻そう”と、昼食後、
再び枠場に向かった。しばらくすると、またワーワー、ギャーギャー、午前中
より激しさを増して、騒ぎが再燃したらしい。
 
 「キャーッ、人殺しぃ!! 殺されるぅ!! 助けてえっ!! 」
 「ほんまに殺したろうか! くそ婆! うっとしいわ。どっか、行けや!」
 「親に向かって、何んちゅう事言うねん! このどアホ!」
 「やかましいわ! そんなに殺して欲しいんやったら、首でも絞めて殺し
  たるわ!!」
 
本当に首を絞めてるらしく、うめき声や母親の悲鳴に似た泣き声まで聞こえて
くる始末だ。『人殺し』などと、物騒な言葉が聞こえた時は、さすがに落ち
着いていられなかった。

“どうしよう? 人殺しなんてただ事じゃない! 警察へ電話しようかしら?”

慌てた私は、バタバタ階段を駆け下り、裸足で外へ飛び出した。

posted by たかママ at 21:37 | Comment(0) | 日記
2010年04月04日

キャーッ!

 騒動とも言える親子喧嘩は、毎回始まると、一日中止む事を知らない。
特に、母親の金切り声は、私の仕事の能率を低下させる。集中力を欠いて、
イライラしてしまう。
  
 「キャーッ! 痛い! 痛い! てぇ(手)、挟んでるやんか!! てぇが
  折れるう!」
と、母親。

 「知るか!! あんたが、しつこう追いかけてくるやんか! 手でも何でも
  折ったらええわ! 何やったら、階段から突き飛ばしてやったろうか?
  んんっ!」 
と、娘。
 
階段をどたばた追いかける母親の手をドアに挟んだらしい。上へ下への大騒ぎ
で、親娘で掴み合いの喧嘩をしているのである。お互いに女性とは思えない
言葉で罵り合っている。初めて、この言い合いを聞いた時は、まるでヤクザの
喧嘩を聞いているようだった。

 私の常識の範囲で、親に向かって“あんた”とか“突き飛ばしてやろうか”
なんて、とても言えない言葉だし、驚きの連続だった。
 ヤクザまがいの大喧嘩は、午前中いっぱい約3時間も続くのである。 
 この疲れを知らないすざましいエネルギーには、ほとほと感心してしまう。
ベランダ越しに聞いているこちらの方が疲れてしまう。

posted by たかママ at 23:03 | Comment(0) | 日記
2010年04月01日

騒動

 我が家の斜め後ろに、サトの小学校の時の同級生の家がある。サトがこの
地域に引っ越すのを渋ったのは、この家の女の子がとても乱暴で嫌だった
からだった。背中合わせの斜め後ろなので、親の私達は、サトの言う事をあまり
気にしていなかった。
 しかし、斜め後ろとはいえ、ベランダからお互いの部屋の一部が見えるくらい
の至近距離である。窓を開け放してあると、網戸越しに声も聞こえる。
 窓の横に枠場を張って仕事をしている私は、まともにその家の騒動に何度も
被害を蒙る事になってしまったのであった。

 それは、大抵は土曜日の朝、母親の子供を起こす声ではじまる。
頭のてっぺんから出ているような、耳をつんざくヒステリックに娘達を起こす
声が静まり返った辺りに響く。やがて、どたどた階段を上り下りする音と共に、
反抗的な女の子の喚き声が聞こえる。
 
 「何で、親の言う事が聞けへんねん!!」
 「やかましいわ! あんたが、寝ているウチを蹴飛ばしたやんか!」
 「早う起きいて言うても、起きひんからやろ!」
 「そやから言うて、蹴飛ばす事ないやんか!」

何しろ、声が大きい。筒抜けに聞こえて来るのである。

posted by たかママ at 23:13 | Comment(0) | 日記
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